代表者あいさつ

2012-08-17

初めまして。暁法律事務所 弁護士 指宿 昭一 と申します。
暁法律事務所ホームページにご訪問頂き、誠にありがとうございます。

労働事件(労働側)及び入国管理事件を専門に取り扱う当事務所の基本姿勢は、「法を尊び,法に頼らず」という言葉に集約されます。

当事務所が、何故このような基本姿勢を持つに至ったか、私自身の軌跡と共に、お話し致します。

1 差別・抑圧と闘う

1980年,私が入学した大学は、「政治的・社会的活動禁止」「学生の集会、ビラまき等は許可制」という管理大学でした。私は、学生は政治社会問題に関心を持ち、行動するのが当然だと思っていたので、大学の管理に反対すると同時に、学外に出て、労働者、農民、市民などの運動にも参加するようになりました。そして、社会に存在する差別や抑圧と闘う生き方をしたいと考えるようになりました。
大学5年の時,アルバイト先のコンビニエンスストア(フランチャイズ店)で、パートの女性労働者と大学生・高校生アルバイトで労働組合を結成することになりました。賃金・労働条件の改善とパート・バイトを尊重しない態度の是正を求めての組合結成でした。日本労働評議会という労働組合(当時の名称は、「統一労評」。1人でも加盟できる合同労組)の分会として結成したのです。パートの女性が分会長、私が書記長に就任しました。しかし、店のオーナーは労組建設を嫌悪し、分会長と私を不当に解雇しました。半年ほど、地位保全仮処分という手続を裁判所で行いましたが、その間に、他の組合員は店を辞めてしまい、私たちは、解雇撤回、自主退職、解決金支払いという解決を受け入れざるをえませんでした。この経験を通じて、私は、中小零細企業で労働組合を作ることは困難であること、しかし、とても意義があることを学びました。
その後も、私は、この労働組合の活動家として、中小零細企業に労働組合を作り、発展させるための活動を行ってきました。労組建設の旗揚げに際しては労働者を激励しに行き、組合活動への不当な弾圧があれば駆けつけて抗議行動をしました。組合つぶしに抗議して23日間の工場占拠ストライキを闘ったこともあります。労働者から様々な労働相談を受け、労働基準監督署や労働委員会にも通いました。裁判になれば、労働者の陳述書作りなども手伝いました。あるタクシー会社で女性運転手が過労死した事件があり、労働時間の立証や医師の診断書を取って、労災認定を勝ち取ったこともあります。
また、労使関係の良好な会社においては、経営協議会などを開催して、労働組合として経営改善に協力したこともありました。
更に、この労働組合では、中国残留日本人の帰国者(中国帰国者)の支援に取り組んでいたので、中国帰国者の労働問題、在留問題への取り組みや、中国帰国者問題を発生させた国の責任を問う訴訟の支援などにも取り組みました。この問題をきっかけに、入国管理局の問題にも取り組むようになり、イラン人家族の在留資格取得を支援して、達成したこともあります。

2 「弁護士資格をもった活動家」を目指して

私が20代の半ばを過ぎた頃、私たちの労働組合がお世話になっていた労働弁護士が、労働委員会の審問中に倒れるという事件がありました。その弁護士から、「私は、もう、労働事件はできないから、君たちの労働組合の中から弁護士を養成してください。」と言われました。労働組合の活動家の中で「指宿がよい。」という意見がありました。私は、法学部出身ではなく、法律のような堅いものは嫌いでしたし、一生、一活動家として生きていきたいと思っていたので、断ろうかとも思いました。それを仲間に話したところ、「弁護士資格を持った活動家になればよい。」と言われ、それならやろうと決意しました。これが27歳の時です。
当初、司法試験の勉強はおもしろく、とても楽しかったことを覚えています。いつも、労働運動でどう使うかというところから法律を学ぶので、興味は尽きませんでした。あまり司法試験のことを知らなかったこともあり、2回くらいで合格すると思っていました。試験勉強を初めても、労働運動の活動は続けていました。生活のためにバイトもしました。2回目の試験に落ちたときには、3回目に受かればいいと思い、3回目に落ちたときには4回目に受かればいいと思って続けました。もう一息ということもあったのですが、なかなか壁が破れず、気がつくと15回目の試験に落ちていました。試験制度が変わるため、あと2回で受からなければ、無理かもしれないという状況でした。このときは、さすがに、16回目に受かればいいと単純には思えませんでした。
背水の陣を引きました。勉強方法を変え、知識を増やすのではなく、知識の使い方を訓練することに徹することにより、16回目の試験は、落ちたけれども手応えがありました。同じ勉強方法で17回目を受けて、やっと合格ができました。45歳になっていました。
2006年4月、司法修習生になり、青年法律家協会司法修習生部会に入会し、学習会への参加や、一月集会という司法修習生のイベントの実行委員をやることを通じて、全国で人権問題に取り組む弁護士、司法修習生とのネットワークを築くことができました。
2007年9月4日、弁護士登録と同時に暁法律事務所を開設しました。

3 法を尊び,法に頼らず

暁事務所の基本姿勢は、「法を尊び,法に頼らず」です。「法を尊び」、すなわち、法律を徹底して活用して,依頼者の利益を守ります。しかし、「法に頼らず」、すなわち、既成の法律や判例だけにとらわれず、また、裁判だけに頼るのではなく、依頼者の利益を守るために最善を尽くします。場合によっては、判例を変え、法律を変えることを目指します。その問題を世論に訴え、社会問題化して、運動を作り、制度自体の改革を目指すこともあります。
労働事件であれば、裁判と労働運動の結合を図ります。法律は、労働運動の武器の一つであり、有効に使わなければならないと同時に、それだけに頼り切った闘い方はすべきでないと考えています。
私の夢は、日本中の中小零細企業に労働組合を作ることです。非正規労働者も外国人労働者も労働組合に加入でき、あらゆる差別や抑圧と闘うことができるような労働運動を作ることです。差別と抑圧をなくすために闘うことが労働運動の原点であり、未来の姿だと思います。特に、差別・抑圧と闘う労働運動のための法律対策部になりたいと思っています。
私が弁護士になって、初めて取り組んだ事件が、外国人研修・技能実習生の事件でした。時給300円で長時間の残業をさせられ、反抗すれば解雇されて、出身国に送り返されてしまう研修生の状況は奴隷労働といってもいいものです。私は、事件に取り組むと同時に、新人弁護士の仲間を中心に外国人研修生問題弁護士連絡会を結成し、労働組合・NGOと共にこの問題に取り組んでいます。
また、日本労働弁護団の一員として、労働者の権利闘争の前進と労働法制の改善のために闘っています。
これからも、一活動家として、そして、「法を尊び,法に頼らず」の姿勢で闘う弁護士として、労働者や外国人の権利の前進のために働いてきたいと思います。

最後に

このように、当事務所は「法を尊び,法に頼らず」をモットーとして、労働者の労働問題、外国人の入管問題に取り組んでおります。
労働問題、入管問題でお悩みのみなさま、ぜひ、一度当事務所までご連絡下さい。

以上

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